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大分PFI事業の経験知を東京へ
深見英重
1992年入社/ビルマネジメント部 プロパティマネジメントグループ マネジャー
『深見英重、大分支店勤務を命ず』
その辞令の下、私が大分支店へ転勤したのは平成14年2月のことです。入社してちょうど10年目、「いつ来るか!?」と思っていた初の転勤でしたが、行き先は何のゆかりもない大分。しかも、それまでの住宅事業担当からビルの賃貸事業への鞍替えとあって、私にとってはすべてが全く白紙の状態からのスタートとなったのです。
当時、大分支店が手掛けていたのは大分県と共同のPFI事業。これは公共事業を民間に委託し、民間の資金とノウハウを導入するものです。そのころは全国的にも始まってまだ数年という新しい方式で、大分県にとっても初の試みでした。私はそのPFIの建物である『NS大分ビル』(大分消費生活・男女共同参画プラザ)の立ち上げを担当することになったのです。驚いたことに転勤と同時に着工!あわてて引き継ぎをしてすぐスタートとなりました。
大分支店の方々はいい人ばかりで、すぐなじむことができましたが、とにかく私は何も知らない1からの出発です。しかもPFI事業では大分支店長を社長とするSPC(特別目的会社)が事業主体となっており、事業運営に加え会社運営の実務を担当することに。そのため今までやったこともない経理や税務など、あらゆる仕事を手掛けねばならなくなりました。
最初はとにかく周囲に何でも聞きまくり、無我夢中で仕事に打ち込んだわけですが、県の仕事の一
部を請け負うPFI事業はやりがいが大きい一方、難しい面もたくさんあります。当初契約の条件見直しや想定外項目に対して、県の窓口の方と何度も協議をしました。またお役所ゆえに窓口の方がしばしば代わるので、そのたびにまた説明のやり直し…。その大変な経験から、すべて書類にして残すという手法も徹底しました。これは仕事をする上で当然のことなのですが、県との仕事のおかげで再確認できたと言えるでしょう。
こうして転勤後1年間は非常に濃く多忙な日々で、白髪も増えたものですが(笑)、2年目の平成15年4月にはビルも何とか立ち上がり、「本当によかった!」という感慨が湧いたのを覚えています。ちなみにこのビルの愛称募集に個人的に応募して当選し、「アイネス(i-ness)」という名が付けられたのもうれしい思い出です。
こんな思い出深い大分勤務を3年経験した後、平成17年に本社へ帰還。現在はビルマネジメント部で、本年9月に竣工を迎えた『霞が関コモンゲート(霞が関R7プロジェクト)』のPFI事業に携わり、建物の維持管理・運営を行っています。これは文部科学省や金融庁、会計検査院の建物を建て替えるというわが国初の「国」とのPFI事業。わずかでも大分で培った経験知を生かしたいと願い、頑張っています。
また最近ウェイトが大きくなりつつあるのがPM(プロパティマネジメント)事業。これはビルのテナントとの交渉や管理、オーナーの資産勘定などを行う、オーナー代行業です。代行とはいえ自分がオーナー本人であるというくらいの意識と責任感を持つことが必要。テナントとの調整など難しい部分も多い一方で、やりがいも大きく、今後ますます需要が増える仕事でもあります。「この将来性ある事業を必ずや会社の軌道に乗せなければ!」今はそんな使命感に燃えて日々奮闘中です。
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