社長コラム

Vol.9 欧州の“古都”を訪ねて!(2007.07)

時間をいただいて世界不動産連盟のスペイン・バルセロナ世界総会に参加させてもらった(ちなみにバルセロナは、あるデータによればこの11年間連続で欧州主要都市の“住みやすさランキング”でトップを維持している)。バルセロナということで、会議の合間に彼の有名なガウディの“サグラダファミリア”を訪ねる楽しみはもちろんあったものの、それにも増して期待していたのが、往路途上で訪問するプラハ(チェコ)とザルツブルグ(オーストリア)という欧州を代表する古都の街並みを目の当たりにできることであった。

皆さんもご存知のとおり、プラハは、14世紀カレル(独語名カール)4世のもと神聖ローマ帝国の首都となり、「黄金のプラハ」時代を経てきた中欧の古都である。近年では、1968年の「プラハの春」と呼ばれる民主化運動とソビエトによる軍事弾圧の悲劇が思い起こされる。“北のローマ”“百塔の街”とも呼ばれ、プラハ全体がユネスコ世界遺産に登録されている1200年の栄光と苦悩に彩られた歴史ある街である。そしてザルツブルグは、神童モーツァルトが250年前に生誕した土地であり、20世紀の巨匠カラヤンが生涯を過ごした街として、世界中の音楽愛好家の巡礼地ともいわれており、また名作『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台となった美しい高原にある静かな古い街である。歴史的建造物も多く、「ザルツブルグ市街の歴史地区」として同じく世界遺産に登録されている。それぞれ1~2日間だけの滞在であり、街の持つ歴史と伝統を存分に満喫するとまではいかなかったが、素晴らしい自然と街の佇まいに触れられた貴重な訪問となった。

 2つの街は、その歴史においても今日的な在り様においても異質の街と言えようが、今回私の心を動かした共通点が1つある。それは、プラハはヴルタヴァ川、ザルツブルグはザルツァッハ川という水量豊かな美しい河川が市街の中央を流れ、街はその流れとともに、『旧市街』と『新市街』(といっても2・3世紀の時間経過はある)と呼ばれる2つの地区を中心に成り立っているが、中でも『旧市街』における、過去から連綿と続く文化や伝統、美しさや静けさを、必死に守り抜いてきた街としての取り組みや人々の思いの強さといったもの、それへの驚嘆であり感動である。そこには時に、日常生活の利便性や私権の犠牲を強いていると見てとれるものもあったが、その街に住む人々が求める、本物の豊かさや幸せの根源がそこにあることの確かさを感じさせるだけの、人間本位の空間と時間感覚をしっかりと体感することができた。環境・景観に配慮する故に近傍まで観光バスを乗りつけることが許されず、石畳・坂道など汗をかき息を切らせながら名所・遺跡を歩いて巡る羽目にはなったが、なぜか納得させられる心が癒される散策であった。

さて、海外から帰国する日本人の多くが、成田空港の上空に至って感じるものに、再び日本の街で暮らし働く自分に戻る気持ちの切り替えへの忌避感があるのではないだろうか。旅装を解いて東京の街に出ると、すれ違う人々の顔が、皆不機嫌そうでいらだっているように見える。海外で滞在してきた街より東京の生活は、人々にとってズーッと豊かで恵まれたはずのものなのに、なぜか皆が急ぎ足で歩いていて楽しそうな表情をしていない。旅人と生活者、非日常と日常といったシチュエイションの違いがもたらす視点・見方が大いに影響するとしても、海外の旅から日本に帰ってくるとしばらくの間は自分も周りの人々も幸せそうに見えない気分になる。海外に出た日本人の一人ひとりは、その土地・都市の文化・伝統・風土などが醸し出すものに感動できる感性を持ち合わせていながら、自国ではその感性を押し殺すようにして生活しているのが、今の東京に代表される日本の都市の暮らしぶりと見るのは言いすぎだろうか。

そんな東京で、私たちは都市再生に取り組もうとしている。私が見てきたプラハやザルツブルグの街には、自分たちの街に強い愛着と誇りを持ち、生涯を、そして自分の子どもや孫たちまでもが、そこで過ごしたいと思えるような街づくりに取り組んできた人々の長い間の営みが感じられた。それは、今取り組もうとしている都市再生という切り口では本当は取り返すことの難しい、世代を超えて積み上げられてきたサスティナブルな街づくりと言うべきものであろう。そうかもしれない…。そうではあっても、新日鉄都市開発の都市再生への取り組みは、私たち一人ひとりが「そこに住み、働き、暮らす人々のためにある街づくり」に真剣に思いをいたした、愚直でひたむきな本物の街づくりでありたい。

ずっと輝く本物の街づくりへ。あきらめないで志を高く持って取り組んでいきたい。

社長・社員コラム

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