社長コラム

Vol.8 『新日鉄都市開発vs社会問題』に思う!(2007.05)

 

久しぶりに本稿を書くことになって何について書こうか呻吟した。なぜなら、今の日本、ちょっと斜めに眺めてみると(正視に耐えられないとは言わないが)あまりにも理不尽な事象が多すぎて、コラム向きのネタには事欠かない。しかしここは年度初めでもあり、真面目なテーマを取り上げてみたい。

多くの国民の期待を担って(いたと思う)登場した安倍内閣になって初めての通常国会が続いている。が、一向に“美しい国”づくりとか、国民の視座に立った政策論争が展開されているふうには見えてこない。某大臣の事務所経費問題とか、新赤坂議員宿舎入居問題とか、小生のような凡人から見ても次元の低いやりとりに時間が浪費されすぎている。某大臣は自らへの糾弾に対して、「法律に則った範囲で適正に報告している」と開き直った答弁を繰り返しているが、今日企業経営に求められているコンプライアンス――法令遵守を前提に、その上位にある社会的要請(倫理論とか透明性という理念)への適応――という観点から見れば全く理解に苦しむ態度と言わざるを得ない。立法府たる国会における議員諸氏の質疑において、このレベルの言い逃れが論破されないということが何とも虚しい。

 このような状況下の本国会において、私たち不動産業界にとって極めて影響の大きい住宅瑕疵担保責任の確保を義務付ける法律案が審議されている(こういう制度論はなんとなく順々と進む)。先の建築基準法・建築士法の改正に続くものであり、いわゆる耐震偽装問題に対する一連の法改正をこれで終えることになる。立法者としては一段落ということかもしれないが、法施行までに相当の準備期間も設けられており、その執行・遵守には行政・業界関係者の今後の多大の努力が必要と思われる内容であって、前途の多難さは変わるところがない。

時あたかも直近のアパホテルの事例など、残念ながら建物の設計・施工にかかわる問題は、一話完結の予定で始まったドラマが人気を博してシリーズものになるように、姉歯から次々と登場人物を替えながら続いていく気配すらあり、世間での業界不信が増幅されつつ慢性化していくのではないかと懸念される。

こんな風潮に拍車をかけるのが、例えば建築基準法改正の目玉とされる「構造計算適合性判定機関の新設と専門家による審査制度」について、導入はよしとしても、判定や審査に当たる専門家が現実にいるのかという制度整備に対する不安である。現に、国土交通省が3月に実施した判定員試験では、受験者3354人(ほとんどが一級建築士らしいが)のうち合格者は1315人(39%)にとどまり、目標人員1500人を確保するため再試験が行われるということだ。試験結果もさることながら制度の運用の乖離の実態に唖然とさせられるとともに、これで社会から信頼が得られる仕組みが国として構築できると言えるのだろうか。これまで日本の建築物の安全・安心を支えてきたものは、建築基準法という「法律」や建築確認という「制度」ではなく、技術者の実力・倫理論と企業の取り組み・信用である、という識者の指摘に今一度思いをいたしたい。

今般の瑕疵担保責任の履行確保の法改正についても、住宅を取得されるお客さまの安心と救済のために、制度的保証を確保する方向で関係者が真摯に努力していくものであると考えたい。しかし、事の性格上“事後対策”となる限界は否定できないし、自助努力を怠る一部業界関係者のモラルハザードを懸念するのは杞憂であろうか。住宅供給に携わろうとする企業が、事業活動を通して磐石の財務力を保持し対応する覚悟を持つことが、自由主義経済・社会の大原則であることを再確認しておきたい。

当社は、皆さんの愚直で誠実な、そして労を惜しまない活動の積み上げにより、メーカー系デベロッパーの先駆者として、ここ数年の事業成果・プロジェクト実績に見られるように、業界内において独自の存在感を着実に増してきていると自負していいと思う。そういう今こそ、改めて私たちの志の原点「住む人、訪れる人に喜ばれる街づくり」=“お客さま第一”ということを肝に銘じ、日々の一つ一つの判断・行動を律する・振り返ることを、皆さん一人ひとりが心と身体に叩き込んで仕事に向かってもらいたい。

“街づくりで社会問題に答えを出す”――
『新日鉄都市開発』として新聞紙上に宣言した社会的責任を、皆でともにしっかり背負って力をあわせ頑張っていきたいものだ。

 

社長・社員コラム

Soft Eyes 〜社長随想〜

Passage 〜社員が語る、ちょっといい話〜