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Vol.14 背負うということ!!(2009.05)
不動産業界に働く者にとっては、だれしも厳しくて緊張感のみなぎる新年度の始まりである。そんな時期だからこそということで、4月10日(金)の当社創立記念日の振替休日に、本社地区有志を多く集めてゴルフコンペを催した。初夏を思わせる絶好のスポーツ日和に恵まれ、参加者それぞれが日ごろの仕事の苦労を忘れ、幹事役が工夫を凝らしたペアリングメンバーとプレイに興じ楽しんでくれた。結果のスコアは問うなかれ!打ち上げのパーティーも大いに盛り上がり、参加を渋っていた者も含め皆が屈託のない会話と笑いの中に、仲間と集う喜びが溢れていた。
その当日未明に、(当社のコンペとは全く異次元・無関係ですが…)海の向こう米国オーガスタでは、ゴルフの祭典“マスターズ・トーナメント”が初日を迎えていた。今回は「石川遼人気」で注目された試合であったが、残念ながら当人は狙っていた史上最年少での予選突破は成らず無念の涙をのんだ。戦いを終えて石川プロは「出来るだけ楽しくプレイしようと思ったが、2日間36ホール一度も楽しめなかった」と語ったという。ファンの期待と注目度の重圧を背負い、自分らしさを発揮できないままの敗北であったのであろう。一方、いまいち人気の乏しい8度目出場片山プロは大健闘、最終日にはウェアの背中に“日の丸”を背負って精度の高いプレイを続け、日本勢として歴代二人目の4位に入った。「日本中の応援が“日の丸”を通して背中を押してくれた」が彼の感謝の弁であり、「自分の最善のプレイをしても優勝に2打及ばなかった。自分に何が足りないのか、それをこの1年間考えるのが楽しみ」とも話したという。背負った重い何ものかに、二人はともに応えようとしたが、明暗を分けた。
ところで日本のスポーツファンの大きな夢を背負ったと言ったら、もう一つ忘れてならないのは3月に開催されたWBCの「サムライ・ジャパン」であろう。中でも、チームリーダーとして自他共に目されながら、大会期間の終盤まであり得ないほどに不振を極めたイチロー選手ではなかろうか。韓国との優勝戦のTV中継にかじりついていた人たちを狂喜させた決勝打を決めて、彼は「最後に神様が降りてきた…」と、いつものクールさをかなぐり捨てて興奮気味に語った。ファンの期待を背負い活躍を当然視される中で打てない苦悩を抱え、イチローのような大選手でさえもいつしか神様に祈っていたのかもしれない。
私たち凡人も、それはそれなりに夢を抱き、また苦労を背負いながら、自らと周りのいろいろな人たちの幸せを願い、それを現実のものにするために人生を生きている。かく言う私は、根っからの楽観主義で60有余年を生きてきたが、人並みには背負うことも多く、苦労もし挫折も味わい悩み深い日々も経験してきた。若いころは気負いもあって、何でも一人で背負い込んでは空回りしてしまうことも多かったけれど、年齢を重ねるにつれて自分一人でできることの限界と、背負い込んだ問題の当事者と同じ時間を過ごしながら少しずつ事態を改善していくやり方やその喜びを知るようになった。書物や先人の言葉に謙虚に学び、勇気づけられることの機会も増えた。ごく最近、感動ものの詩に出会ったので紹介する。
『千度呼べば思いが通じるという
千度呼んで通じなくとも
やめてはしまいますまい
神さまがうっかりかぞえちがえて
あのひとを振りかえらせてくださるのは
千一度目かもしれませんもの』
某著名人の著作の中に見つけた詩人・新川和江さんの『千度呼べば』という詩である。いろんな折に私が皆さんに語りかけている「『思い、思い入れ』を大事に、思い続けることが大切」という言葉と共感できる詩句に、心を強く動かされたものだ。
私たちは、昨年度取り組んだ「新日鉄都市開発の進む道」の議論において、皆さん一人ひとりが、それぞれの考えと行動に現れるものに違いはあっても、『地域を見つめ社会に貢献できる“街づくり”』というミッションを背負っていこうという志を、あらためてしっかりと共有できたと思う。背負ったものは重いかもしれない。けれど、そのことを楽しみ、思い続け、実現できることを祈りながら、取り組んでいきたいものだ。背負ったのは君一人ではない。仲間がいることをいつも忘れないで!!
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